父のガン闘病と家族

こんばんは。

 

先日は小林麻央さんについて書きましたが、

 

私もガンで父を亡くしているので、

 

本日は私事ながら、私の父について書きたいと思います。

 

私の父は警察官でした。

 

身長も高く、柔道も剣道もやっていたので筋肉もあり、

スポーツ万能。

休日は庭の手入れと、

その手入れした庭で、木刀での素振り。

野球をしていた私と、

キャッチボールとトスバッティング。

私が言うのもなんですが、なかなかのイケメンでした。笑

そしてなにより、優しかったです。

一度も、父に怒られた記憶はありません。

 

そんな父を誇りに思っていましたし、自慢でした。

 

しかし、年齢を重ねるたびに段々照れくさくなり、

なかなか素直に話すこともできなくなり、

会話が減っていきました。

 

そんな頃でしょうか。

 

お酒もビール1杯。

タバコも吸わない。

健康診断で常にオールAの父がまさかのガンに。

 

それを聞いた時はまったく信じられなく、

正直、悲しくもならなかったです。

 

それぐらい、父は元気で無敵!

ずっと、そう思っていたからです。

 

それでもガンの進行は進み、

通院から、あっという間に入院。

 

母と兄と私で、交代で泊まり看病していました。

 

そして、あっという間に、痩せ細っていきました。

そして、あっという間に、会話も出来なくなっていき、

話しかけても、うなづいて『っうぅん』と

声にならないぐらいの声しか出ない程に。

 

母から、『私が食事をあげた時が一番食べるね』

と言われた時、少しなぜか嬉しくて、

食事をあげてる時に、

『いっぱい食べて早く元気になってくれよ』と

父に話しかけながら、できる限り食べてもらってました。

 

本当は食べることすら、すでにつらかった父。

だって会話すら、ままならないのですから。

 

それからも、どんどん痩せて状態は悪化。

 

『あんなに元気だったじゃないか!』

『このまま死ぬのかよ!』

『根性見せろよ!』

 

一番つらいのは父だと分っていながら、

そんな言葉をあびせながら、父の胸で泣きました。

 

 

父は56歳で亡くなりました。

 

 

家族全員泣きました。

 

特に母は、言い表せないぐらい泣き崩れ、

何年も立ち直れずにいました。

兄も泣きたいのをぐっと我慢して、

家族を支えてくれました。

私はせめて、母の前では泣かないようにと。

 

強くて優しい父

仕事も家のことも全てこなす、働き者で優しい母

怒りっぽいけど、本当は涙もろくて優しい兄

 

私は、

こんな家族が大好きで、自慢です。

 

照れくさくて、直接は言えませんけどね。笑

 

今は私も結婚して、

同じような温かい家庭を目指しています。グー